IPRMSの編集のこと (その2)
「フィデリオ」第1幕のアリアについて。

RCA〜BMGのから既出の「フィデリオ」では、
第1幕のクライマックスともいえるレオノーレのアリア「悪者よ、どこへ急ぐのだ?」の部分だけが、
翌1945年6月にカーネギー・ホールで録音されたものが収められています。
これは商品化するには不具合なミスがライブであったからなのだろうというのは想像がつきますが、
私にはその音源を実際に聴くチャンスは今までありませんでした。


今回のIPRMSのリリースでは、
"Toscanini's 1944 Fidelio with full spoken dialogue and the original Abscheulicher included. 
The performance of this aria is far more dramatic and focused 
than the late re-recording heard in all previous releases."
ということで、放送そのままのものが収められるという触れ込みでした。

しかし、届いたCDの解説では、
"My solution was to keep the broadcast performance 
and replace only the poorly sung note before the concluding phrase. 
Thus, the original Abscheulicher is heard here for the first time on disc."
となりまして、ミスった部分は差し替えてある旨の言葉がありました。

スコアを見ますとレチタティーヴォにしろアリアにしろ、テンポが細かく変わる難しそうな音楽です。
実際聴いていましても、単純な私にはどちらかというと苦手なタイプの音楽になるでしょう。

差し替えられたカーネギー・ホールでのセッションは手堅く、力強い歌唱で、
バンプトンの声とトスカニーニの演奏と相性も悪くないと思いますが、
IPRMS盤はを録音のせいかもしれませんが、後半は歌詞の明瞭さに欠けますが、
音楽的には総じてソロ、オーケストラ共に柔軟性が高く魅力的な演奏です。
これに比べますとさきほど褒めたセッション録音は、
いかにも表情が硬く、安全運転で面白みに欠けるということになってしまいます。
特にアリア前半のアダージョでの弦楽器の表情の豊かさは大きな違いとなっています。

スコアを見ながら聴いてみますと、レチタティーヴォでブレスが合わなかったのでしょうか、
アウフタクトの音を落としてしまうのですが、ここは修正されずに残されています。

 ←ピアノ譜です。


問題の"concluding phrase"ですが、聴きますとおそらく古いLPから採ったのでしょう。
アリアの最後の上昇音形の部分がいかにも板起こしという感じの音質に変わっていまして、
ここが差し替えられたのだろうとほぼ断定できる状態になっていました。
バンプトンのミスがどのようなものだったという趣味の悪い期待は満たされませんでした。

 ←ピアノ譜です。

しかしIPRMSの編集はバンプトンのミスに注意が行き過ぎたのでしょうか?
上昇音形だけを差し替えたために、それに続く歌い納めのバックのオーケストラの不ぞろいを修正することなく、
音楽の整然さを重視したはずのパッチ・ワークの不徹底さが露呈してしまっています。
このあたりはM&A並み?のレベルの仕事とみました。

解説にはこのほかに
"the engineers improperly recorded the horn section in the middle part of the aria."
という記述があります。
2度目のホルンのファンファーレ風の部分が先の差し替え部分と同様の音質になっていまして、
編集が"only the poorly sung note..."だけではなかったことがうかがえます。

 ←ピアノ譜です。

IPRMSによる"the original Abscheulicher"は私の思う"the original"ではありませんでした。
しかし、ミスを期待する聴き手というのも、趣味が悪くて感心しませんね。
ですから、この件についてはこれ以上の探求はしないことにします。

ここで聴いた音源
ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」
加IPRMS IPCD1007−2
米BMG 09026−60273−2(以上バンプトン&トスカニーニ/NBCSO 1944)
日BMG BVCC−9706−07(バンプトン&トスカニーニ/NBCSO 1945)
Opera Shareのmp3(レーマン&トスカニーニ/VPO 1936)
You Tubeの音源(フラグスタート&?、1940?。ライブ音源なのでワルター/Metか?)
日キャニオン PCCL-0060(ルートヴィヒ&ベーム/ベルリン・ドイツ・オペラ 1963)

参考にした資料
上記IPRMS、BMGのCDの解説書
IPRMSの「フィデリオ」については一部がそのHPで公開されました。
Recording Notes for Toscanini Fidelio 1944

2009.12.06
Massa-

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